損害賠償
損害賠償(そんがいばいしょう)とは、主に民法や民事紛争における法律用語である。違法な行為により損害を受けた者(将来受けるはずだった利益を失った場合を含む)に対して、その原因を作った者が損害の埋め合わせをすること。適法な行為による損害の埋め合わせをする損失補償とは区別される。または埋め合わせとして交付される金銭または物品そのものを指すこともある。
近代以降の法律においては民事紛争と刑事紛争とが峻別されるようになり、また、人権意識も向上したため、金銭賠償が原則とされるようになってきている。
損害賠償制度の目的としては損害の補填と将来の違法行為の抑止などが挙げられる。
不法行為に基づく損害賠償
- 損害賠償の範囲
- 不法行為に基づく損害賠償の範囲については416条が類推適用される(通説)。
- 損害賠償の方法
- 過失相殺
- 不法行為に基づく損害賠償額の算定においては裁判所は被害者の過失を考慮して損害賠償額を定める(722条)。これを過失相殺といい、債務不履行に基づく損害賠償の場合にも同様の制度があるが、不法行為に基づく過失相殺の場合には必要的なものとされておらず責任を免除することも認められない。
- 慰謝料
- 慰謝料は被害者に与えた精神的な苦痛に対して、その賠償として支払われる金銭である。不法行為の場合は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない(710条)と、明文で規定されている。
- 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない(711条)。近親者の慰謝料請求権について法文では被害者の生命が侵害された場合についてのみ触れているが、判例は近親者がこれに比肩しうる精神上の苦痛を受けた場合についても広く慰謝料請求権を認める(最判昭和33.8.5)。また、判例は慰謝料の相続も原則として認めている。(最判昭42.11.1)
- 不法行為による損害賠償請求権の行使期間
- 不法行為による損害賠償請求権は、被害者または被害者の法定代理人が損害と加害者を知った時から3年間行使しないときには消滅する(724条前段)。不法行為の時から20年を経過したときにも消滅する(724条後段)。
- 特殊不法行為
詳細は「不法行為」を参照
特別法による不法行為責任の修正
- 無過失責任を定める法令
- 自動車などの交通機関および危険・有害な設備を使用する工業の発達により、民法の定める過失責任主義では被害者の救済が十分に行われないという問題が生じた。そのため、無過失責任を定める特別法がいくつも立法されている。例示すると以下の通り。
- 大気汚染防止法・水質汚濁防止法上の排出者責任 - 「大気汚染防止法及び水質汚濁防止法の一部を改正する法律」(昭和47年法律84号):通称、「無過失責任法」
- 自動車損害賠償保障法上における交通事故の自動車運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)
- 製造物責任法上の製造物責任(製造物責任法3条) - 過失に代わり、製造物の欠陥を損害賠償の要件とする。
- 原子力損害の賠償に関する法律に基づく原子力損害賠償責任(原子力損害の賠償に関する法律3条) - 無過失責任および責任の集中を定める。1999年の東海村JCO臨界事故で初めて適用された。
- 有限責任を定める法令
- 海運業保護のため、船舶の所有者等はその責任を船舶のトン数に応じて一定の金額までに制限することができる(船舶の所有者等の責任の制限に関する法律)。
- 航空運送についてはワルソー条約などで同様の規律が行われている。
- その他
- 国家賠償法上の国家賠償責任
詳細は「国家賠償法」を参照
会社法上の損害賠償
役員等(取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(会社法423条)。
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う(会社法429条)。
この責任は、一般の不法行為責任ではなく、消滅時効は167条により10年と考えられている。
監督義務者の責任(かんとくぎむしゃのせきにん)とは、民法上の責任能力の無い者(責任無能力者)が不法行為責任を負わない場合において、その者の法定監督義務者が責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任をいう(民法第714条1項本文)。
この監督義務者の責任は、監督義務者がその監督義務を怠らなかったとき、あるいは、監督義務を怠らなくても損害が生じたであろう場合には責任を免れる(民法第714条1項但書)。なお、監督代行者も法定監督義務者と同様の責任を負う(民法第714条2項)。
- 民法は、以下で条数のみ記載する。
総説
第714条でいう監督義務者の責任は、責任無能力者が責任を負わない場合の補充的責任である。責任無能力者の行為が客観的に不法行為にあたる場合において、判断能力がないことを理由に免責させるものであるから、監督義務者の責任は責任無能力者の行為が違法でなければ生じない。
被害者が監督義務者に責任を問う場合、直接の加害者が責任無能力者であることを立証しなければならないが、責任能力の認定の下限年齢は判例・学説とも揺れていて、概ね11歳前後から14歳前後とされている。
監督義務者
監督義務の原則は善良なる管理者の注意(第400条)であるが、第714条但書の義務を怠らなかったことの証明責任は監督義務者が負う。具体的には責任無能力者の性質・自己直前の行動等から加害行為のおそれが感知される場合においてこれを防止する義務、そして責任無能力者の生活行動に対する包括的一般的な身上監護義務についてである。
監督義務者とされるのは、法定の監督義務者がいればその者となる。具体的には未成年者については親権者(第820条)、未成年後見人(第857条)、児童福祉施設の長(児童福祉法第47条)およびこれらの者に代わって親権を行使する者であり、精神障害者については保護者(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第20条)となる。
一般不法行為との関係
未成年者などの不法行為の場合、不法行為者本人が責任能力を有するときには不法行為責任は責任能力を有する本人が負うことになる。したがって、第714条1項の「前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合」には該当しないので監督義務者は責任を負わないことになるが、この場合に未成年者などの不法行為者本人が無資力である場合には被害者は損害賠償を受けることができないという不合理な結果を生じる。そこで判例は第714条の規定は一般不法行為の成立を妨げるものではないと解して、監督義務者の監督義務違反と未成年者など不法行為者によって生じた結果との間に相当因果関係が認められる場合には監督義務者につき第709条の一般不法行為が成立するとする(最判昭和49年3月22日民集28巻2号347頁)。
条文
解説
債権の発生原因の一つである、不法行為の成立要件を規定している。
要件
故意または過失
不法行為においては加害者に「故意または過失」があることが要件とされている。この点で債務不履行(415条)や物権的請求権とは異なる。故意・過失の立証責任は原告側にあるので、請求権が競合する場合には、債務不履行責任の追及や物権的請求権の行使のほうが認められやすいといえる。
過失
過失とは、予見可能な結果について、結果回避義務の違反があったことをいうと解されている。いいかえれば、予見が不可能な場合や、予見が可能であっても結果の回避が不可能な場合には過失を認めることができない。
結果回避義務については、専門的な職業に従事する者は一般人よりも高度の結果回避義務が要求されると考えられている。医療事故における医師の場合などがこれにあたる。
特別法による修正
- 責任の軽減
- 失火ノ責任ニ関スル法律(失火責任法)は「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定する。
- この規定により、失火の場合は故意または重過失がない限り不法行為責任は負わない。木造家屋の多い日本では、失火による不法行為責任が過大になりやすいことにかんがみた立法である。
- 無過失責任
- 「故意または過失」を要件から省く立法的解決もあり、無過失責任と呼ばれる。無過失責任の代表例として、製造物責任法がある。製造物責任法3条は「製造業者等は(…)その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体または財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる」と定めている。これにより製造業者は、製造物から生じた拡大損害については無条件で責任を負うことになる。
権利侵害(侵害の違法性)
侵害の対象となる権利は、明治以来判例によって拡大されてきた。生命、身体、有形の財産が侵害の対象となることは当初より争いはなかったが、著作権や人格権などの無体財産権の扱いは判例上変遷している。
桃中軒雲右衛門事件においては、法律上規定のない権利は侵害対象にならないとされたが、大学湯事件においては「法律上保護される利益」が侵害対象であるとされ、老舗銭湯ののれんは法律上保護される利益に当たるとされた。
その後、学説からは「権利侵害」とは侵害行為の違法性をいうのであり、「違法な侵害」であるかどうかに関して、「被侵害利益の重大性」と「侵害の態様」との相関関係によって判断すべきであるとする相関関係説が唱えられた。この理論に従えば、侵害が軽度のものであっても、被侵害利益が(生命など)重大であれば違法性が肯定されることになる。
また、適法な権利行使(例えば工場の操業)であっても、周囲に与える影響が被害者にとって社会観念上の受忍限度を超える場合には不法行為になるという受忍限度論も提唱され、公害事件を通じて判例法理として定着している。
現在では、所有権、担保物権、債権、知的所有権、人格権など幅広い権利が被侵害利益となっているが、パブリシティー権や環境権など、未だその権利性が争いの余地がある「権利」もある。
損害の発生
財産的損害と精神的損害がある。
財産的損害は、積極的損害(直接の被害額)と消極的損害(不法行為がなければ得られたはずの利益=逸失利益)がある。 損害の内容については学説上対立がある。差額説は、不法行為によって減少した価値を金銭評価したものが損害の実質であるとする。
損害事実説は、ある損害それ自体の内容を金銭評価したものが損害の実質であるとする。
精神的損害は、被害者の精神的苦痛である。
因果関係
侵害行為と損害との間に因果関係があるか、という要件である。
相当因果関係
不法行為において因果関係が持つ意味は、因果関係を認めうる範囲で加害者に賠償責任を負わせる点にある。ここで、いわゆる事実的因果関係(「あれなくばこれなし」の関係)を前提にすると、因果関係の範囲が広くなりすぎ、損害賠償の範囲が過大になりすぎることになる。
したがって、不法行為法では、事実的因果関係が成立していることを前提にしつつ、損害賠償させるべき範囲をより狭く限定している。これを相当因果関係という。
因果関係の立証責任
不法行為に基づく損害賠償請求を行うためには、原告側が侵害行為と損害の間の因果関係を立証しなければならない。しかし、公害事件や医療過誤事件など、一般市民である被害者には挙証が難しいケースも多い。このため、判例法理や立法的解決によって立証責任の軽減が図られてきた。
- 蓋然性説
- 因果関係の100%までを原告側で立証する必要はなく、蓋然性が認められる範囲まで立証すれば、その時点で因果関係が推定され、その後は被告側が反証に成功しない限り因果関係は肯定されるとする理論。
- 疫学的因果関係
- 公害など、多くの因子が被害に絡む場合に、侵害行為と被害発生との間に統計的な有意性が認められれば因果関係を肯定しようという理論。四日市ぜんそく訴訟でもちいられた。
効果
損害賠償の内容
損害賠償は金銭でなされるのが原則である(722条1項で417条を準用)。ただし、名誉毀損の場合は例外的に謝罪広告等の原状回復措置も請求できる(723条)。賠償されるべき損害には財産的損害と精神的損害がある。
財産的損害には物理的な損害のほか、生命侵害、身体侵害などがある。著作権、特許権、債権などの財産権一般への侵害もある。それぞれについて積極損害と消極損害を観念しうる。
精神的損害からは、慰謝料請求権が生ずる。
損害賠償の範囲
不法行為から生じた全損害について賠償させるのは、被告にとって過酷であることから、相当因果関係説によって損害賠償の範囲が制限される。
判例は債務不履行責任における損害賠償の範囲の規定(416条)を不法行為に類推適用し、原則として「通常生ずべき損害」の賠償で足り、「当事者がその損害を予見し、または予見することができたとき」は「特別の事情によって生じた損害」まで賠償する必要があると考えている(富貴丸事件:大連判大正15年5月22日)。
損害賠償額の算定
物の滅失に関する損害賠償額は、物の交換価格による。交換価格の算定基準時が問題になるが、原則として物の滅失時とする。ただし被害者があらかじめその物の転売を予定していて、滅失後に高騰することを「予見し、又は予見することができたとき」(416条2項)のであれば、騰貴時とすることも考えられる(富貴丸事件判決)。
生命侵害の場合には、積極損害(葬式費用など)よりも、消極損害(逸失利益)のほうがはるかに大きくなる。逸失利益は、被害者が生きていたならば得られた収入から、生活費を控除し、ここから中間利息を控除して(現在価値に割り引いて)算出する。中間利息の控除方式には、ホフマン式とライプニッツ式とがある。基準となる収入は、被害者の収入が明らかであればその額を用いるが、児童など、収入が明らかでないときは、賃金センサスに基づいた平均賃金を用いる。
なお、過失相殺など損害賠償額の調整については722条2項を参照。
損害賠償の請求主体
財産的損害であれ、精神的損害であれ、第一義的な請求主体は被害者自身である。被害者が死亡した場合は、慰謝料請求権は当然に相続されると解されている。
生命侵害の場合、被害者の父母・配偶者・子は固有の慰謝料請求権を有する(711条)。
胎児も請求主体になる。胎児は、損害賠償請求権については「既に生まれたもの」とみなされる(721条)。これにより、たとえば父が不法行為により死亡した場合、死の時点で母胎にいた胎児は、出生後、損害賠償請求権を獲得する。権利能力の始期を定めた3条の例外を定めたものである。
不法行為による損害賠償債権の性質
相殺の受働債権にならない(509条)。
参照条文
判例
- 所有権移転登記抹消等請求(最高裁判例 昭和30年05月31日)民法第177条
- 売掛代金請求(最高裁判例 昭和32年03月05日)商法第42条,商法第38条,民法第715条
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和34年11月26日)民法第722条2項,民訴法185条
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和38年02月01日)民法第710条
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和38年08月08日)
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和38年09月26日)民法第416条2項
- 村道供用妨害排除請求(最高裁判例 昭和39年01月16日)民法第198条、民法第710条
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和39年07月28日)民訴法395条1項6号
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和39年09月25日)商法第673条
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和43年03月15日)民法第695条、民法第696条
- 損害賠償請求、同附帯控訴(最高裁判例 昭和43年06月27日)国家賠償法第1条1項,不動産登記法施行細則第47条,民法第416条
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和43年09月24日)
- 慰藉料並に損害賠償請求(最高裁判例 昭和43年11月15日)
- 損害賠償謝罪広告請求(最高裁判例 昭和43年12月24日)民訴法756条,民訴法745条2
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和48年04月05日) 民事訴訟法第186条,民事訴訟法224条1項,民法第722条2項
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和48年06月07日)民法第416条,民事訴訟法第746条,民事訴訟法第755条,民事訴訟法第756条
- 慰藉料請求(最高裁判例 昭和49年03月22日)
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和49年06月27日)
- 損害賠償、敷金返還請求(最高裁判例 昭和50年01月31日)民法第415条,商法第665条
- 損害賠償請求(最高裁判例 昭和50年10月24日)国家賠償法第1条1項,民訴法185条,民訴法394条
- 損害賠償(最高裁判例 昭和53年10月20日) 自動車損害賠償保障法第3条
- 慰藉料(最高裁判例 昭和54年03月30日)
- 損害賠償(最高裁判例 昭和56年07月16日)民法第715条,水道法第15条1項
- 違法建築物についての給水装置新設工事申込の受理の事実上の拒絶につき市が不法行為法上の損害賠償責任を負わないとされた事
- 慰藉料(最高裁判例 平成6年02月08日)民法第710条
- 損害賠償(最高裁判例 平成7年01月30日)商法第3編第10章保険
- 損害賠償(最高裁判例 平成7年06月09日) 民法第415条
- 損害賠償(最高裁判例 平成7年09月05日)日本国憲法第19条
- 損害賠償(最高裁判例 平成8年01月23日)民法第415条
- 損害賠償請求事件(最高裁判例 平成11年12月20日)民法第416条
- 損害賠償請求上告,同附帯上告事件(最高裁判例 平成12年02月29日 )
- 損害賠償請求事件(最高裁判例 平成14年01月29日)民法第710条,刑法第230条の2第1項
- 損害賠償請求事件(最高裁判例 平成15年11月14日)民法第415条
- 損害賠償請求事件(最高裁判例 平成20年06月10日)民訴法248条
- 損害賠償請求事件(最高裁判例 平成21年03月27日)
- 損害賠償請求事件(最高裁判例 平成23年07月21日)
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